
「家に帰りたい」「夕方になると玄関に向かってしまう」認知症の方を在宅でケアする家族の悩みとして、帰宅願望への対応は非常によく聞かれます。
本人はすでに「家にいる」のに「家に帰りたい」と言う。その言葉の意味がわからず、家族は戸惑い、同じ繰り返しに疲れ果ててしまうことがあります。
帰宅願望は、認知症の方が感じている不安・孤独・役割喪失感を「家に帰りたい」という言葉で表現していることが多く、表面的な言葉だけを否定しても悪化することがほとんどです。
この記事では、帰宅願望が起きる理由と、訪問看護・介護の現場で実践している具体的な対応法をOURの看護師が解説します。
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帰宅願望とは:「家に帰りたい」の本当の意味
帰宅願望とは、認知症の方が現在いる場所(自宅であっても施設であっても)を「ここは自分の家ではない」と感じ、「家に帰りたい」「出かけなければ」と繰り返す症状です。認知症のBPSD(行動・心理症状)のひとつで、アルツハイマー型認知症の方に多く見られます。
「家に帰りたい」の背景にある感情
帰宅願望の「家」は、必ずしも現在の家や昔の家ではありません。「安心できる場所」「自分が役に立てる場所」「穏やかな時間があった場所」への帰還願望として表れることが多いです。
具体的には以下のような感情が背景にあることがあります。
- 不安・孤独感:今いる場所が「見知らぬ場所」に感じられる
- 役割喪失:「夕ご飯を作りに帰らないと」「子供が待っている」など、かつての役割を果たそうとする
- 時間の見当識障害:現在の時刻・日付がわからず、過去の記憶の中で生きている
- 不快感・身体症状:痛み・空腹・排泄の不快感を「帰りたい」という言葉で表現している
NGな対応と、なぜ悪化するのか
NGな対応①:「ここが家でしょ!」と事実を押しつける
認知症の方の脳では、今いる場所の記憶が作れなくなっています。「ここが家だ」という事実を何度伝えても、短期記憶に残りません。否定されることで不安・混乱が増し、より強い帰宅願望につながります。
NGな対応②:「だめ」「出かけちゃいけない」と行動を止めるだけ
制止されることで「自分が閉じ込められている」という感覚を生みやすく、徘徊のリスクが高まります。「なぜ出かけてはいけないのか」の理由が理解できない場合、強引な制止は本人の怒り・不信感を呼びます。
NGな対応③:「あとで連れて行ってあげる」という嘘
一時的には落ち着きますが、認知症の方の中には「約束を果たしてもらえなかった」という感覚が残ることがあります。繰り返すうちに「この人は嘘をつく」という不信感につながることも。
具体的な対応法:現場で使われている5つのアプローチ
対応①:「気持ち」を受け取り、共感してから話題を転換する
「帰りたいですよね。今何時か確認しましょうか」「一緒にお茶飲んでから考えましょう」など、否定せずに気持ちを受け止め、別の行動に自然につなげます。
「帰りたい」気持ちを「そうですよね」と認めることで、感情が落ち着くことが多いです。
対応②:役割・活動を作る
「夕ご飯を作らないと」という帰宅願望には、「じゃあ一緒にお野菜切ってもらえますか?」と役割を与える対応が有効なことがあります。「自分が必要とされている・役に立てる」という感覚は、心理的な安定につながります。
OURが関わる家庭でも、「配膳を手伝ってもらう」「洗濯物を畳んでもらう」などを取り入れたケアで、帰宅願望が軽減したケースがあります。
対応③:「落ち着く環境」を整える
帰宅願望は夕方(日没前後)に多くなる「夕暮れ症候群」と重なることがあります。夕方になったら照明を明るくする、カーテンを閉めて「外が暗い=夜」という刺激を減らすことが有効です。
また、昔使っていた道具・写真・なじみのあるものを部屋に置くことで、「ここは自分の場所」という感覚が生まれやすくなります。
対応④:外出できる安全な環境を準備する
「出かけたい」気持ちを完全にブロックせず、安全に外出できる環境を整える方法もあります。玄関の外に出てもすぐに戻れる範囲を整備し、GPSを持たせて一緒に少し散歩する——「出かける欲求を満たす」ことで落ち着くことがあります。
対応⑤:服薬・身体の不快感の確認
帰宅願望の背景に、痛み・便秘・排尿困難などの身体的不快感が隠れていることがあります。「帰りたい」が急に強くなった場合は、身体の状態を確認してください。訪問看護師はこうした身体面からのアセスメントも行います。
家族が限界を感じたとき
帰宅願望は、繰り返されるほど家族の疲労・精神的消耗につながります。「何回言っても同じ」「夕方が来るのが怖い」という状態が続くなら、一人で抱えないことが重要です。
- デイサービスの活用:昼間の活動量を増やすことで、夕方の不安が軽減することがあります
- ショートステイ:家族が休める期間を作ることで、在宅介護が継続しやすくなります
- 訪問看護師への相談:対応の工夫・薬の調整(不安軽減の薬)を医師と連携して検討できます
よくある質問
「家に帰りたい」と言って外に出てしまいます。どう止めればいい?
玄関に鍵をつける・センサーアラームを設置するなど、物理的に対応する方法と、一緒に散歩に出て気持ちを発散させる方法があります。無理に止めると怒りや不信感が強まることがあるため、「一緒に出る」「気持ちをそらす」方法が有効なことも多いです。GPSの携帯も安全管理に有効です。
「帰りたい」と言い続けて眠れない夜があります
夜間の帰宅願望・不眠は、本人の体内時計の乱れや夜間の不安感が背景にあることが多いです。日中の活動量を増やす・夕方に照明を明るくする・夜間の安心できる声かけのほか、薬の調整が必要な場合もあります。主治医・訪問看護師に相談してください。
施設に入居させたいのですが、本人が嫌がります
「家に帰りたい」という思いがある方を施設に入居させることへの罪悪感は、多くの家族が感じます。施設での生活が安定してくると、帰宅願望が落ち着くケースも多くあります。体験入所(ショートステイ)から始めることで、本人と施設の関係をゆっくり作ることもできます。
まとめ:「帰りたい」は不安のサイン。受け止めることが第一歩
- 帰宅願望の「家」とは、安心・役割・なじみのある時間への願いであることが多い
- 否定・強制制止は混乱を増やす。気持ちを受け止めて話題を転換することが基本
- 役割・活動を作る、環境を整える、身体の不快感を除く対応が有効
- 夕暮れ症候群(夕方に悪化)を意識し、照明・外光の管理を取り入れる
- 家族が限界を感じたら、デイサービス・ショートステイ・訪問看護に頼ることが大切
今日できる一歩:次に「帰りたい」と言ったとき、まず「そうですね、帰りましょうね」と一度受け止めてから話題を変えてみましょう。否定から始めないだけで、反応が変わることがあります。
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参考文献一覧
- 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/
- BPSDの理解と対応(日本認知症学会)https://www.dementia.gr.jp/
- 認知症介護情報ネットワーク(認知症介護研究・研修東京センター)https://www.dcnet.gr.jp/